ゆるポタ日記

自転車関係などの雑記帳です。

中学受験と自転車レースの共通点

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 私はホビーレーサーである。ただしレベルは低い。早速本題に入るが、中学受験と自転車レースには奇妙なほどに共通点があることに気がついた。

 

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1.機材スポーツである(資金力が大事)

 ホビーレースの一番下のカテゴリでもパワーメーター搭載のカーボンロードにディープホイールは当たり前である。どんなに少なく見積もっても軽く30万円オーバーするだろう。レース会場には50万100万のロードバイクがたくさんあるため、しばしば盗難事件も起こるという。

 

 中学受験はケタが1つ違うが、中学受験の専門塾にかかる金額は小4〜小6でおよそ200万から300万円である。小6の追い込み期に個別指導塾や家庭教師でドーピングをさせると、数十万円が追加的に飛んでいくらしい。「中学受験をわらう」というサイトでは「諭吉」が頻出ワードとなっている。同サイトの黒先生の塾では、偏差値が微妙な子に対しての搾取が凄まじいケースもある。

 

 遊びで走っているアマチュアがレースのために20万、30万のホイールを調達するのは一般的にバカげているが、中学受験で大量の諭吉を投入することはそれほどバカげた行為ではないかもしれない。

 

 そもそも資金力に乏しい家庭は中学受験というレースに参戦することが難しく、所得格差がレースへの参入障壁となるところも見逃せない。SES(社会階層)の差が教育格差を生んでおり、それが所得格差の固定化に一役買っているという研究報告もある(詳しくは松岡の『教育格差』を参照)。

 

 自転車レース的に言えば、ローリング中に位置取りが決定しており、機材、脚力、技術の揃ったご子息は先導バイクのクラクションと同時にリアルスタートを切る。先頭集団は400W以上で緩い坂を駆け上り、何の準備もできていない多くの子を置き去りにする。地脚(地頭)のある子は何とか集団に復帰できるが、その他大勢はわけもわからぬまま中切れを起こし、第2、第3集団を形成させられる。先頭集団は遥か前方を走っており、二度とその背中を見ることはないだろう。

 

2.ある種のコミュニティがある

 地域でそれなりに気合の入った走りをしていると、そのうちある種のコミュニティを知るようになる。レースフリークの集まりだ。そこで集団走行や駆け引きの初歩を学ぶと同時に、仲良く練習会(または殺し合い)が行われる。1回で来なくなる人もいれば、毎週のように参加する人もいる。

 

 中学受験ではそれは塾にあたるかもしれないし、あるいは知り合い、専門職、親戚の緩いつながりがコミュニティにあたるかもしれない。子どもが順調に成長すれば、その先でまた別のコミュニティと出会うだろう。ある種の情報源や経験にアクセスするためのワームホールと言っていいかもしれない。ワームホールに入るためには、運の良さだけではなく、自分や親の力によって基礎的な能力が底上げされている必要がある。

 

 レースでの効率的な走り方というのは、経験上、ネットで教わるものではない。仲間との関わり合いで習得していくものである。そしてそれはある特定のコミュニティでしか得られない(お金を払って集団走行を行う何とかコーチングというものもあるにはあるが)。

 

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3.落車する(全落ちする)

 レースに落車は付きものである。例えば先頭集団を走っていても、下りコーナーの荒れた路面でスリップダウンしてしまうことがある。密集した集団であれば、落車に巻き込まれることもある。まれにローリング中の落車も起こる。

 

 落車をしても身体やバイクがノーダメージならすぐに走ることができるが、そのまま救急車で運ばれることもある。

 

 中学受験における落車とはすなわち全落ちのことである。2月1日〜6日(首都圏に限る)に行われる私立中学の受験で全ての学校に落ちることである。2月以前には想定していなかった中学を受験するのも全落ちに近い。レースに参加すれば「二月の敗者」としての屈辱を味わうリスクは誰にでもある。

 

 全落ちのパターンとしては、親が無理目の志望校を受けさせているケース、また1、2日目の受験に失敗して親子のメンタルがやられるケースが見受けられる。近年では受験の合否は当日または翌日にネットで知ることができるというので、昔のことしか知らない者からすると驚きだ。

 

 もちろん落車をしても、今までの訓練により鍛えられた能力が失われるわけではない。再び力強く走り出すその背中が眩しく見えることもあるだろう。ただし、一度の落車の経験を引きずったまま、深海魚と化して深く沈んだ中学生活を送ることもあるらしい。なお、中学受験に成功しても深海魚になるリスクはある(詳しくは「中学受験をわらう」を参照)。


4.向き不向きがある(才能が重要)

 もはや陳腐化した「ホビーレーサーの剛脚ピラミッド」で示唆したように、到達できる身体能力(FTP)には上限がある。「Zwift-MMP判定ツール(ZMP)」を利用したことがある人はわかると思うが、ある程度まで鍛えた場合には、脚質はそうそう変わるものでもない。才能はすでに与えられているものであり、努力でどこまで伸びるかは神のみぞ知るところであろう。

 

 自転車乗りの能力(あるいは才能)を示すFTPZMPにあたるのが、中学受験の偏差値である。中学受験では偏差値55〜60のあたりに壁があるそうだ。これは才能の壁なのか努力の壁なのかはわからない。この場合の偏差値というのは、中学受験をする集団(≒大手塾生)における偏差値であり、日本の小学6年生全体を母集団とする偏差値ではない。

 

 これは憶測だが、才能が重要となってくるのはおそらく算数だろう。遺伝子と環境の影響を分析した行動遺伝学の報告によると、算数・数学の能力は80%程度は遺伝の影響があるらしい(だからと言って努力が無駄なわけでは決してない)。身長や体重は90%、性格や気質は50%程度とのことである。

 

 中学受験の算数は公立の小学校で習う算数を逸脱している。小学算数をベースにはしているが、実際にはSPIの非言語、公務員試験の数的推理に近い。パターン認識さえしてればいいというものではなく、パターンを習得した上で、問題に応じて即興でパターンを組み合わせて論理的に考える能力が必須である。算数の過去問をちょっと眺めた限りでは、偏差値の高い中学ほどその組み合わせが複雑かつ高度であるという印象を受ける。

 

 自転車レース的に言えば、スプリント、30秒全開、1分走、5分走、ペースでの高速巡航、坂での高ケイデンスまたは低ケイデンス、ダンシング、下りでのエアロ姿勢、コーナーの立ち上がり、ローテーションや掛け合い(できれば不特定多数のメンバー)などを丁寧に練習した上で、レースという不確実性の高い状況下で自在に繰り出せるようになりましょう、ということである。これはガチレースそのものを楽しめる度胸というかセンスがないと、なかなかできないのではないだろうか。

 

 才能とは直接関係ないが、コミュニケーションを取ることも重要である。集団内のコミュニケーションもそうだが、プロのレースでは無線での意思疎通により集団の様子が一変することがある。

 

 いろいろと口で言うのは簡単だが、行うのは実に難しい。多分レースをしたことのない人にとっては意味不明だったかもしれない。私は中学受験の経験者ではないので詳しくはわからないけど、知能や学力以外にも必要な才能がどうもあるらしい。

 

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 以上、少なくとも4つの要素について中学受験と自転車レースに共通するものがあるとみている。なぜ似たような要素が多いのか。一言で言えば、両者とも効率性を追求せざるを得ないからではないだろうか。

 

 他には強者優先という要素も似ているかもしれない。「二月の勝者」の黒木先生曰く、弱者は月謝を運ぶだけの「お客さま」とのことである(ただし、弱者の底上げが実は塾にとっても重要であると説く専門家もいる。詳しくは「にしむら先生」のドラマ解説YouTubeを参照)。

 

 あと夫婦仲も自転車生活や中学受験にかなりの影響を及ぼす可能性があるが、これについては割愛する。「中学受験に起因する家庭崩壊」という記事を書かないよう心がけたい。