替え玉事件にみるFTPあるいはVo2maxに対する加齢の影響
朝テレビを見ていたら、距離20.8km標高差1313mの「まえばし赤城山ヒルクライム」で60代の部に10代の選手が替え玉出走し、年代別で優勝したというニュースが報じられていた。タイムは1時間11分22秒で、2位に3分11秒の差を付けたとのことである。
モラルはともかくとして、10代の上位選手と60代の上位選手の有酸素能力の差はいかほどなのか。年を取れば運動能力が低下するのは普通である。では加齢に伴って何がどれくらいの割合で低下するのだろうか。
FTPがVo2max(最大酸素摂取量)パワー以上にはなりえない。言い換えると、60分全力パワーが5分全力パワーを上回ることはない。
また信州大学のサイトによれば、アスリートの25歳時Vo2maxが約70ml/kg/分、75歳時で約42ml/kg/分であることから、1年につき0.56ml/kg/分のVo2maxが低下することになる。いずれも文献の年代が古いことから、Vo2maxと加齢の研究はやり尽くされている感はある。
富士ヒル上位選手の推定Vo2maxにみる加齢の影響
なぜ上位選手かというと、上位2%(あるいは各年代別のTOP10)の選手は、フィジカル(≒FTP)を上限値近くまで開発できている可能性が高い。そのためVo2maxを推計する上で好ましい。
2016年のMt.富士ヒルクライムのリザルトから、各年代別の上位選手のVo2maxを推定した。一般男性の基準値は鈴木(2009)のデータに基づく。
図1 年代別上位選手の推定平均Vo2maxにみる加齢の影響
出所:筆者作成。n=170
年代別上位選手の散布図は以下になる。各年代別の平均年齢を25、32、37、42、47、55、65、75歳としている。
図2 年代別上位選手の推定Vo2max分布
出所:筆者作成。n=170
y= -0.42x + 80.34
上は回帰式である。推計方法は下部に記載する。間接に次ぐ間接法で、恣意的な変数がいくつもあり、特に推定FTPから推定Vo2maxを求めるところがかなりいい加減である(そして何より根拠に欠ける)。直感ではVo2maxはやや上ブレしていると思う。
決定係数(R^2)は0.76と当てはまりが良く、Vo2maxと年齢は明らかに関係がある。当たり前だが。
yはVo2maxで、xは年齢である。つまり25歳から75歳までの間で、1歳ごとにVo2maxが0.42ml/kg/分低下することがわかる。ただし、年齢を区切ってみるとVo2maxの減少割合が異なってきそうだ。30歳過ぎからVo2maxが減少するとして、どのくらいの割合で減少するのか。
図3 30代上位から40代後半上位の推定Vo2max分布
出所:筆者作成。n=94
y= -0.28x + 75.26
決定係数(R^2)は0.41とやや当てはまりが悪いが、減少傾向にはある。1年当たりのVo2maxの減少は0.28ml/kg/分なので、50歳まではそれほど大きく減少しないことがわかる。では50歳以降はどうなのか。
図4 40代後半上位から60代上位の推定Vo2max分布
出所:筆者作成。n=64
y= -0.37x + 79.35
決定係数(R^2)は0.54とまずまず当てはまる。50代あたりから減少傾向が大きくなるようだ。どんなに優れたクライマーでも加齢の影響を免れることは不可避である。と言うと身も蓋もないので、トレーニングによって体力の衰えを抑制できると言うべきか。
加齢によるVo2maxの低下要因
淵ら(1989)によると、最大酸素摂取量の低下要因は最大心拍数と1回拍出量の減少であることを明らかにしている。
複数の先行研究ではアスリートレベルの人は、モチベーションの低下やそれに伴う練習量の減少など、加齢以外の要因があることを指摘している。また有酸素系の選手は筋トレをあまりしないことも、Vo2max減少の一因になるかもしれないという記述をみかけた(どの論文かは忘れてしまった)。
パワーウェイトレシオ(60分PWR)でみた場合
限界近くまで鍛えられた選手の場合、天井(Vo2max)が下がってくればFTPも当然下がる。以下にデータを示す。
25-75歳上位の減少幅:1年で0.04W、10年で0.4W/kg、50年で2.0W/kg
30代上位から40代後半上位の減少幅:1年で0.022W/kg、10年で0.2W/kg
40代後半上位から60代上位の減少幅:1年で0.028W/kg、10年で0.3W/kg
年齢層など | サンプル(全体→抽出数) | タイム | 推定FTP(58kg) | 推定PWR(60分) | 推定PWR(5分) | 推定Vo2max(ml/kg/分) |
12-18 | 96→10 | 1:07:16 | 256 | 4.44 | 5.22 | 63.4 |
19-29 | 961→19 | 1:04:04 | 273 | 4.72 | 5.55 | 66.9 |
30-34 | 957→19 | 1:04:34 | 270 | 4.67 | 5.49 | 66.3 |
35-39 | 1008→20 | 1:05:34 | 264 | 4.58 | 5.39 | 65.2 |
40-44 | 1419→28 | 1:07:02 | 257 | 4.46 | 5.24 | 63.6 |
45-49 | 1334→27 | 1:08:20 | 251 | 4.35 | 5.12 | 62.3 |
50-59 | 1326→27 | 1:11:41 | 235 | 4.10 | 4.82 | 59.1 |
60-69 | 208→10 | 1:15:32 | 220 | 3.84 | 4.52 | 55.8 |
70- | 23→10 | 1:42:47 | 153 | 2.72 | 3.20 | 41.6 |
主催者選抜 | 53→10 | 59:10 | 304 | 5.24 | 6.17 | 73.6 |
表1 各年代別富士ヒル上位2%または10名の推計値一覧(2016)
出所:筆者作成。n=180。データは上位選手の平均値を示している。
60分PWRは20代の4.72W/kgをピークに70代で2.72W/kgまで低下する。10代と70代のサンプルの元が小さいのが気になるが、70代に関して言えば、完走できること自体がフィジカルエリートであり、尊敬の念すら覚える。
主催者選抜はさすがという感じだが、パワーがやや上ブレしている気がする。主催者選抜の上位層はJPT選手と同等かそれ以上の登坂力を有していることから、推定Vo2maxは非現実的な数字ではない。一流ロード選手のVo2maxは75ml/kg/分と言われている(じてトレより)。
仮に10代上位選手が40代前半の部に出ても、必ずしも優勝できるわけではない。データ的には10代と40代前半は同等の登坂性能を有している。ただし、10代上位と60代上位を比較すると、その差は小さくない。前者の60分PWRが4.44W/kg、後者が3.84W/kgと出た。つまり、平均でみると60代上位は10代上位の約85%の有酸素能力であることがわかる。
結論
替え玉の10代選手は、加齢による影響を考慮して、60代の部において全力の85%以下のパワーで登れば優勝しなかった可能性が高く、今回の騒ぎには至らなかった。
参考文献
竹島(1989)「中高年ランナーの最大酸素摂取量と乳酸性閾値−加齢に伴う変化」
信州大学サイト「加齢、性差、環境の影響」
鈴木(2009)「日本人の健康関連体力指標最大酸素摂取量基準域および望ましいレベル」
淵(1986)「長距離ランナーの最大酸素摂取量の加齢変化」
じてトレ「パワー・メーターを使ったVo2maxの推定方法」
じてトレ「Vo2maxは全身持久力を表すとても重要な指標」
推計方法
60分PWRまでは「Mt.富士ヒルクライムのヒルクライム偏差値」とほぼ同様の求め方をしている。
違う点は、ヒルクライム計算においてクライマーを想定して体重を58kg、バイク+装備重量を6kgにした。やや軽すぎかもしれない。もう1点はCdA(空気抵抗係数)を所与の0.4から0.33に減らしている。これは上位選手はドラフティングの影響が少なくないためである。0.33という変数が正しいかどうかは検証しようがないのが難点。
Vo2maxパワーはFTPから推定している。パワープロフィールの表では60分PWR4.5W/kgの行だと5分PWRが5.4W/kgとなる。この時5分PWRの約83%が60分PWRとなる。またじてトレによると鍛えられた選手はこれが80-90%に達するとの記述があり、一律にVo2maxパワーに占めるFTPの割合を85%と仮定した。これも根拠に乏しいのだが。
加えて、Vo2maxパワーとFTPの割合は個人差があるため、一定の変数を用いることは適切でない。なお、Vo2maxを求める係数はじてトレに引用されている数字を用いている。
ところで、竹島らの報告で面白いと思ったのは、トレーニング継続年数より、ランナーとしてトレーニングを始めた年齢とVo2maxの大きさに相関があるという結果である。同様の見解が『自転車競技のためのフィロソフィー』にも記載されている。
より若い時期からVo2maxという器を大きくしておくことの重要性が示唆されている。鉄は熱いうちに打て。でもおじさんは若い時にはもう戻れないのである。