つよポタミア

自転車関係の雑記帳です。

アナバイト事件に思う未来のドーピング

f:id:TofuD:20170821170239p:plain

出所:「仲裁判断JSAA-DP-2016-001号事案」

http://www.jsaa.jp/award/JSAA-DP-2016-001+a.pdf

 

トラック競技の自転車選手がドーピング陽性となったが、意図的なドーピングではないとの判断により、4年の資格停止処分が4ヶ月に短縮された。

 

上の「仲裁判断」では、ギャスパリ社のアナバイトというサプリメントに、アンドロステンジオンというステロイドホルモンが混入されていたとの検査結果が示されている。なお、選手は継続的に11種類のサプリメントを使用していたとのこと。

 

表1.X選手が使用していたサプリメント一覧

f:id:TofuD:20170821170320p:plain

出所:「仲裁判断」別紙3より抜粋

 

さらに興味深いのが、Jarrow FOMULAS社のQH-absorbというコエンザイムQ10に、オキサンドロロンというステロイドホルモンが検出されたことである。しかし、選手からオキサンドロロンは検出されていない。これは試合前に取っていたQH-absorbのボトルと、検体として提出したQH-absorbのボトルは違うものであったという事情がある。コエンザイムQ10という身近なサプリにもトラップが潜んでいることには驚いた。

 

ビタミン、コエンザイムQ10L-カルニチンなどのビタミン様物質は禁止されていません。しかしこれらに種々の強壮剤を配合した製剤、特に外国製品には禁止物質を含むものがあります。「薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブック2017年版

 

アナバイトの場合、たまたま試合直前で使用したアナバイトが少量残っており、製造番号が同じであるボトル(④2)と一緒に検体として提出している。

 

仲裁の申し立てをしていなかったら、当初の決定である4年間の資格停止処分のままになっていたので、費用と労力をかけてでも仲裁に持っていった意味は大いにあったと言える。

 

 

そして、本件ANAVITEを含む本件サプリメントを摂取する必要性について、申立人は、他のほとんどの選手がサプリメントを摂取していたことから申立人のみサプリメントを摂取しないという選択は採り得なかった旨供述し、(中略)、認識されるべきであったリスクの程度との関係において、申立人の「過誤の程度」は決して軽視できるものではない。「仲裁判断JSAA-DP-2016-001号事案」

 

「他のほとんどの選手が」というくだりは耳の痛いところで、勝つために効果のありそうなサプリは違法ではないのでガンガン摂取していますよ、というカルチャーが婉曲的に表現されてしまった。

 

瞬発力が必要なトラック競技での活動が主ならば、筋トレ等での追い込みやその疲労回復でサプリを常用していたことは想像に難くない。ロディオラ・ロゼアのような精神面に作用しそうなサプリもリストにあるのが興味深い。サプリがやる気スイッチになっていた可能性がある。

 

なお、アナバイトにはカリフォルニア州法によると発がん性のある物質が使用されている(二酸化クロム)。iHerbでは「その他の成分を見てゾッとしました。体感が良かっただけに残念ですがリピは絶対にやめます」というレビューが寄せられている。

 

カリフォルニア州プロポジション65

https://oehha.ca.gov/media/downloads/crnr/p65single07072017.pdf

 

他に注目すべき記録として、グーグル検索をして情報が確認できるできないの議論が本文でなされており、このあたりは現代的だなと思う。複数のブログでギャスパリ社製品のドーピング事案が確認できれば、そもそもその確認作業を怠ったとして、選手の過失を問うことができるわけである。

 

今回の判例(?)で、ギャスパリ社製のサプリで禁止物質が出たのが2例目となった。ゆえにギャスパリ社製のサプリでうっかりドーピングをしてしまいました(だから許してね)のような言い訳が今後は通用しない可能性がある。薬剤師会では次のような注意を促している。

 

海外ではラベルに表示しないままに不正に興奮薬やステロイドの医薬品成分を添加したサプリメント製品が多数流通し、そのような製品による陽性も毎年報告されているため、製造基準や製品管理の品質が不明な製品の使用は避けることが賢明です。「薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブック2017年版」 

 

ではサプリメントに違法薬物がどのくらいの確率で入っているのだろうか。

 

表2.サプリメントにタンパク同化ホルモンが混入されている確率 

f:id:TofuD:20170821170523p:plain

出所:Geyer H, Parr MK, Mareck U, Reinhart U, Schrader Y, Schänzer W. Analysis of non-hormonal nutritional supplements for anabolic-androgenic steroids results of an international study. International Journal of Sports Medicine, 2004, 25, 124-129.

 

 

薬剤師会が示唆しているように、違法薬物を製造過程におけるうっかり混入ではなく、わざと添加している説がある。添加サプリを使用した消費者は体感として効果を感じることができるかもしれないので、一部の消費者はamazonやiHerbに高評価を入れる。それが呼び水となって企業はより儲かる。検査などはサプリメント検査団体への献金や、政治献金で何とかするという手法があるので、ちゃんとしてそうな会社の不正というのは全く不思議ではない。

 

しかし微量の混入にホルモン剤としての効果があるのかは疑わしい。知り合いの薬剤師によれば、アナバイトを過剰摂取していたとしても、ステロイドホルモンの経口摂取が数マイクログラムにしかならないので、効果があるかは微妙とのことである。

 

未来のドーピング

筆者は科学に関して素人である。以下の内容はサドルの神様のお告げであると言っておく。「ドーピング=薬」というのは定番であるが、徐々に変容していくだろう。

 

人工筋肉あるいは培養筋肉

コンプレッションタイツの次の段階で、タイツそのものが伸び縮みするような機能をつける。レースではすでにアームウォーマー等の着用が認められないケースもあり、見た目にインチキがわかりやすいのが難点だ。

 

もう少し先の未来では移植技術や再生技術の発展により、培養筋肉を装備できるようになる。自転車競技では、腰回りや脚の筋肉を増やせばパフォーマンスの向上が期待出来るため、培養された人工筋肉をくっつける選手が現れる。

 

代表者ミーティングでコミセールが「こんなものが落ちていました。とても恥ずべき事です!」とハンドルの中に仕込んでいた重りをぶら下げるというのは過去のことで、坂の手前ではぎ取ったと思われる使い捨て培養筋肉をぶらぶらさせる。

 

ナノ血球

筋肉をつけても酸素が回らなければ意味がない。特定の筋肉に効率的かつ選択的に酸素を供給するナノ血球を注入することになる。発想としては血液ドーピングの延長線上にある。何らかの方法でナノ血球自身が肺を介さずに酸素を交換できるとかできないとか。太ももの表面に黒いブツブツが浮かび上がり、エラ呼吸のごとく太もも呼吸をしている脚たちが公道を駆け抜ける。

 

ゲノム編集

遺伝子をいじることで、特定のスポーツに適した人間にデザインできる未来が迫っている。筋肉や心肺機能を有酸素系(あるいは無酸素系)にステータスを振ることで、労せずしてパフォーマンスの向上を図れる。才能そのものをアップさせると言っても過言ではない。しかし、ゲノム編集で脚の筋肉を増やそうとデザインしたつもりが、なぜかアゴの筋肉が発達するという事案が発生してしまう。

 

判断ドーピング

優れた肉体を手に入れても、技術や判断・戦術がイマイチならば宝の持ち腐れである。結局、ゲームに勝つために必要なのはチームの戦術であり、個人の頭脳である。脳科学も相当の発展を遂げており、優れた選手の脳をスキャンすることで、その選手の経験値を含めた戦術眼や判断能力などをコピーできるようになる。脳の一部を電脳化するなどして、先人の脳を自分の脳に取り込めるのだ。例えば以下のクラシックな頭脳は高値で取引されている。ちなみに監督は人工知能になる。

 

ステージレースで勝利するための合理性と効率性「○ルーム」

曲芸のような下りから頭突きに負けない驚異のバランス感覚「サ○ン」

TTでのペーシングと筋肉の使い方をレクチャー「マ○ティン」

これであなたも大逃げ職人「ヴォクレー○」

アシストとして優れたコミュ力と状況判断能力「ド○チャン」

マチュアレースに勝利全日本選手権を完走する知性「タ○オカ」

 

ただし、脳がいくら優れていても神経が発達していないとかえって危険を招く場合がある。また他人の脳に頼りすぎると自己同一性が揺らぎ、特にU23には有意に悪影響を与えるということで、やはりこれも禁止されてしまう。